2007年05月19日

県球会が発足しました

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県陵同窓生による定例ゴルフコンペ会です。ご参加ください。  

 松本浅間カントリークラブの会員で、県稜同窓生による定例ゴルフコンペ会が発足しました。 縣陵打球会・浅間倶楽部という名称で、略称『県球会』といいます。
 ゴルフをケンキュウするのも目的の一つですが、同窓生の親睦と健康増進、技量の向上などを目指して、冬のクローズ期間を除き、毎月一回開催することにしてスタートしました。
 第一回目は、素晴らしい好天に恵まれた4月29日(昭和の日)乗鞍コース6組、常念コース6組がそれぞれスタートする46人の参加者により行われ、上は第5回卒業生から、一番若い第41回卒業生まで、年齢差を越えて、素晴らしい時間を過ごしました。歩ける人なら誰でも、いくつになっても楽しめるゴルフというゲームに、改めて感謝をしたい気持ちになりました。
 結成のいきさつは、下記の設立趣意書をご覧ください。
 運営の中心になる主な役員は次の通りです。
    会 長  浅川雅史  (高11回卒)
    幹事長  前田紳一  (高19回卒)
    会 計 小平喜照  (高6回卒)
    事務局  山崎正治  (高5回卒)

  第一回目の競技結果は、たいした意味がないので省略しますが、同窓生の皆様で、入会のご希望があれば是非ご連絡をください。    


 上高地自動車株式会社  取締役副社長
    前田 紳一   Shinichi Maeda  

 本社 〒399-0033 長野県松本市笹賀7918
          TEL 0263-25-5662
          FAX 0263-25-5699
e-mail : s.maeda@kamikochi-jidosha.com





県稜同窓生のゴルフ会発足に思う

                                      高十九回  前田 紳一

 ゴルフができる人は恵まれています。家庭の事情、財布の事情、身体や仕事等、諸々の事情に恵まれていなければ、ゴルフはできません。さらに仲間と機会に恵まれることも、たいへん大事なことです。

 青春の一時期を同じ学窓で過ごし、今また松本浅間カントリークラブのクラブライフを共にし、嗜好を同じくする我々が、年齢の上下のへだてなく、ゲームの興奮を通して再び相まみえる機縁に、深い感慨を覚えます。このたび松本浅間カントリークラブの会員による、県稜同窓生の定例ゴルフコンペ会の発足に当たり、まずゴルフという偉大なゲームに対する畏敬の念と、感謝の気持ちを持って祝意を表したいと思う。

 そして、ここであらためて我等が母校の三大精神を思い出してみよう。

 曰く「質実剛健であれ」 「大道を闊歩せよ」 「弱音を吐くな」であり、これはそのままスポーツマンシップやフェアプレイを尊重する態度、ネバーギブアップの精神に通ずるものであり、ゴルフに対する教訓そのものである。かつての素直ならざる高校生の身にも、どこかにこの三大精神の記憶が残っていて、投げ出したくなるような大叩きのゲームの展開に対しても、瀬戸際で踏みとどまることができたのかもしれない。

 さて、本年正月の賀詞交換会の酔余の思いつきから、発足の準備を始めたわけですが(不謹慎ながら)、こういう会の立ち上げについてはプロである山崎正治さん(母校の体育教師でもありました)が、実務能力を発揮して今春第一回目の定例会に向けて準備を進めております。年間予約もしなければなりません。

 趣旨にご賛同いただける方により、会の運営の大枠を決めていきたいと思いますので、皆様のご協力をお願い申し上げます。

 その昔、スコットランドの草原で、羊飼い達が手にした杖で、ウサギの巣穴めがけて小石を打って遊んでいたというのがゴルフのルーツであるという。

 信州の寒く長い冬をしのぎ、暖かい春になった喜びに戸外へ飛び出し、無心に白球を追う野遊びに、邪気なく戯れ遊ぶという、そんな会になればいいなと思います。

 かつて、松本に遊んだという甲子園二連覇の徳島・池田高校の名将蔦監督が、裏町のとある酒場に残した句を最後にご紹介します。

      老いらくの恋も忘れて 球あそび



松本浅間カントリークラブ会員の、県陵同窓生による定例ゴルフコンペ会

      名称について  ( 私案 )   高19回  前田紳一

    縣陵打球会・浅間倶楽部      県陵打球会・浅間倶楽部

    県球会・浅間倶楽部   →   県球会

 打球とは?

 昭和の初期、当時の英米排斥風潮と国粋主義的な時代の空気の中で、ゴルフ用語の邦訳が要請されていた。それ以前は、明治35年の日英同盟、大正時代の摂政宮(昭和天皇)訪英、英皇太子プリンス・オブ・ウェールズの来朝と、駒沢にあった東京ゴルフクラブにおける昭和天皇とのゴルフマッチ等、英米との蜜月時代で、日本における初期のゴルフ興隆時代でもあった。だが、やがて満州事変、そして太平洋戦争をむかえつつあった当時、日本ゴルフ協会が大日本体育会に統合され、敵性語である専門使用語を邦語で統一することになったため、邦語化の委員会が発足し、次のような用語が発表された。 

   ゴルフ・・・打球  ハザード・・・障害区域  アウト・バウンド・・圏外

   ティーイング・グラウンド・・・打出し区域   バンカー・・・砂窪

   ホール・・・球孔   キャディ・・・球童   ハンディキャップ・・・均率 

   パー・・・標準   バーディ・・・隼(はやぶさ)   イーグル・・・鷲

   ブービー賞・・幸運賞  エクスプロージョン・・爆打  アドレス・・・照準

   プロフェッショナル・・・専門専士   エティケット・・・打球作法  etc

 ゴルフの邦訳が「打球」に決まるまで相当の曲折があり、原球、郊球、園球、苑球、闘球、草球、孔球、杖球、紳球、棒球などの候補名があげられたという。

  我々は現在、無邪気にフェアウェイを歩き、爽快さを楽しむ幸福を享受することができるが、かつてゴルフが敵性スポーツとして弾圧された受難時代があったことを想起し、用語を邦訳してまでゴルフを守り続けた先人の労苦を偲んで、会の名称に「打球」を入れたかった真意を理解していただきたい。

 さらに、母校の校名にある「県」という字には、地方とか田舎という意味があり、これはCOUNTRYと同義ですから、ゴルフ会の名にふさわしいと思っています。

参考資料

 昭和19年、競技規則改正委員会が、ゴルフ規則の邦語版「打球競技規則」をつくった。

これは時代を反映し、競技精神として「日本的道義理念」の高揚を意図したものであった。

 

 たとえば第1章総則第1条第1項の「競技の目的」には、

「打球競技ハ皇国臣民ノ本務ヲ尽クスニ必要ナル精神力並ニ体力ヲ養フコトヲ目的トス」 とあり、また第58条の「打球作法」(エティケット)の前文には、

「打球競技者ハ武士道ノ精神ニ則リ、公明且真摯ナル態度及敢闘ノ熱意並ニ必勝ノ信念ヲ以テ、競技ヲ終始スベキモノニシテ、ソノ作法トシテハ、左記諸項ヲ遵守スルヲ要ス」

などとしている。


タグ:ゴルフ
posted by 県陵OB at 00:00| 会員からの寄稿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする