2006年09月01日

原 光好さん(高21回)からご寄稿をいただきました

 原光好さん(高21回)からご寄稿をいただきました。このコーナーでは、同窓生のご寄稿も紹介して行きますので、同窓会まで、どしどしお寄せください。


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私の競争優位性は縣陵卒

原 光好(高21回卒)

 日本で発刊される書物の末尾には、著者や編者および発行者や発行地と発行年などの出版情報を記載した奥付(おくづけ)があり、多くの場合には著者あるいは編者の略歴が添えてある。奥付そのものは由来書なのだが、江戸時代の出版取締のために法制化され、第2次大戦後に廃止されて、現在では法的には掲示義務がないものの、発刊物に対する製作者側の責任を示すものとして慣習的に継続して掲載している。購入者や読者にとって、書物の発行年は内容の鮮度を測る目安になるし、著者あるいは編者の略歴は内容の信頼度合いを推測する拠り所になっている。

 私は縣陵を卒業と同時に金融機関へ就職し、退職後は長年の経験を活かして、業界雑誌への記述中心に融資業務の解説や指導をしている。そして、自署『実務密着型!融資レッスン99』を発刊するに際して、著者略歴を掲載することになった。通常では、略歴には出生年と出生地、学歴や職歴、主な成果や所属団体などを記入する。学歴は、超有名大学を卒業した場合には学校名を表示するが、超有名大学以外の大学卒あるいは大学に進学しなかった者は学歴を非開示にする傾向がある。しかし、大学卒が一般的なこの業界での私の"売り"である競争優位性は"高校卒"なので、「長野県立松本県ヶ丘高校卒」と学校名を明示して高校卒であることを記した。

 就職活動をする時には、必ずと言っていい程に履歴書の提出を求められる。当然、学び舎である学校名を記入する。企業内での学歴廃止論が叫ばれて久しいのに、今や修学履歴としての中卒・高卒・大卒の学歴ではなく、大学進学率が向上しているためか、世間全般が大学名での学歴に関心が移っている。私が就職した頃の銀行では、かつては甲・乙・丙という隠語で大卒・高卒・中卒を区別していた。採用時点での知識・能力の差異を認識していた私は、幸いにも学歴での不利益は感じなかったし、むしろ高卒であったことで卒業大学別での学閥の弊害を受けずに済んだ。

 縣陵の同窓会から送付して頂く新聞には、毎年、進学を希望する生徒の大学別入学試験合格延べ人数が掲載されている。私たちの卒業時にも圧倒的に進学希望者が多かったが、現在では特別な理由がない限り進学を目指すようだ。そして、難関と言われる大学への合格者が増えている気がするので喜んでいる。しかし、私たちの卒業時と同様に、進学浪人をして、その後に就職へと進路を変更する"最終学歴が縣陵卒"の生徒も相当数いることと推測している。社会構造や仕事の仕組みが複雑化して高度な知識が必要なこともあって、大学卒が"普通"と感ずるように確実に高学歴社会になっている。私が勤務した銀行では、高校新卒の男性行員を採用しなくなって久しい。高校卒を競争優位性にしている私とて、勤務していた銀行が世界トップクラスの規模なので、多少の信頼を得ていることであろう。

 学歴を問われる度に、私は「松本県ヶ丘高校卒」と必ず答えるので、時々は「どういう高校ですか?」との再質問を受けるので、「いわく、全国的には普通の進学校ですが、何か問題でも」と言うことにしている。もちろん縣陵には格別な想入れがあるものの、誰でも母校に愛着を持っているので、殊更に説明はしない。仕事は内容や結果で評価されるべきであるが、学歴もその者の持つ個性の一部である。縣陵が学歴ブランドになるかは、学び舎としての縣陵を通過した者たち全員の"生き方"に懸かっていると思うのである。





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